第22回 「誰のためのまちなかなのか」
中心市街地の活性化。その定義は何か。私たちは、そこにかかわる人にとって、ワクワク感を提供できる場所、常に何か新しい、毎日何かが生まれ、新しい発見のある街、と考えた。
誰にとってのワクワク感か。ビジョンを作る時にいつも問題となるのが「ターゲットを誰にするか」。「まちなかは、みんなのものだ。しかも水戸のまちなかなら、広域水戸都市圏、もっと言うと茨城県民全員にとって価値のある場所にすべきだ。さらには、他県からの来街者、観光客もいるから、そう考えると、ターゲットは広く一般の人みんなとするべきではないのか」。
乱暴な話のようだが、このような意見、考え方にも一理ある。かつては広域水戸都市圏の中心として、遠方からの買い物客でにぎわっていた。遠方の人にとっても、また郊外に住む多くの水戸市民にとっても、水戸のまちなかは「まち」であって、非日常的なワクワク感があり、ハレの場であった。
でも時代は変わり、今日、多くの人にとってのハレの場としての役割は果たせなくなった。特別なワクワク感を提供できるエリアではなくなった。そのような場所が郊外にたくさんできたし、まちなかは車利用には不便だ。
それでも、まだまだステータスは残っている。多くの人は、茨城の中心だ、と思っている。水戸のまちなかが衰退すると、茨城全体のイメージが衰退する。さらに、400年以上続いた広域水戸都市圏の中心である水戸の、そのまた中心のまちなかを、私たちの目の前で見る見る衰退するのを、水戸っぽとして看過できない。水戸のまちなかは、常に元気で、ワクワク感があり、常に何か新しいまちであることが、使命なのでは。
歴史や国内一等級の資源、機能集積、ステータス、ネームバリューなどの強みがある。コロナ禍も踏まえ、これからの時代に期待される地方都市としての役割もあろう。それらをフルに活用してまちなかの再興を図れないか。新しいワクワク感を提供できないか。
今までの役割は一旦放棄、失っても、せめて、居住者と徒歩15分圏、それと、このエリアに関わろうとする人にとって、価値のある、ワクワク感のあるエリアに。そんな再生を、そんなチャレンジができないか。
自分たち自身のフィールドを自分たち自身がワクワク感を持って満喫する姿、それこそが、きっと水戸のまちなかの新しい魅力であり、結果として広域水戸都市圏をリードする水戸のまちなかの新しい姿、来訪者・観光客も含めたより多くの人にとって価値のある、魅力的な場所になるであろう。