第76回 「世界に届く物語②」
先人を含め、水戸の街で育った私たち「水戸っぽ」は、知らず知らずのうちに、歴史の中で息づいてきた千波湖を眺めながら、独自の文化・人情・精神を育んできた。
自然現象と街の発達の中で形成された千波湖の、そのあるがままを生かした水戸の街。その一方で、自然と都市という異なる文化が当たり前のように融合しているのもまた、水戸の街である。
光圀公の思い
あるがままを生かす。異なるものを融合する。これは光圀公の思いにも通ずる。京都の龍安寺に光圀公が寄進した手水鉢、知足の蹲踞『吾唯足知(われただたることをしる)』の精神は、足るを知り、あるものを受け入れ、それを生かすことが大切である、というもの。この精神はまさに、ローカルファーストである。同時に光圀公は『此國になきものをは其國より此國へ』と、異文化の導入にも積極的である。基本はローカルファーストで足元を固め、その上で水戸にとってプラスになるものは受け入れよう。これは幕末の斉昭公の開国に対する考えと一致する。
このような空間的・地理的に異なるものの融合に加え、大日本史編纂にあたっての『彰往考来』、過去をあきらかにして未来を考える。『継往開来』、先人の事業を受け継ぎ未来を切り開く。このような、過去と未来を融合させる姿勢も、水戸の姿である。
斉昭公の思い
幕末になると、弘道館記の中に『衆集思宣群力(しゅうしあつめてぐんりょくをせんぶ)』、偏らずに衆思を集め群力を伸ばす。偕楽園記の中に『一張一弛』、対極的な概念を一対のものとしてつなぐ。弘道館の扁額に『游於藝(げいにあそぶ)』、一張一弛同様、文武にこりかたまらず悠々と芸を極める。
このように、独自性を大切にしながらも、足し算の「和」、異なるものの融合を形にするのが水戸であろう。
水戸の使命
そして、そこから生まれたのが天下の魁・水戸。『弘道館中千樹梅 清香馥郁十分開 好文豈謂無威武 雪裡占春天下魁』、弘道館の中には千本もあろうかと思われる梅の木があり、いま満開に咲き誇り、清香を漂わせている。梅に武の威力がないといえようか。寒中の雪を冒して咲き、春の魁をなすのは、まさにこの花である。
(つづく)

▲龍安寺の「知足の蹲踞」