第78回 「景観まちづくりの作法①」
景観とは
20年ほど前から水戸市の都市景観審議会の委員を務めている。先日、改定される「水戸市景観計画」の原案についての協議があった。現行の計画は平成20年の策定。既に17年が経過し、景観を取り巻く社会情勢や価値観、景観形成の対象・手法の変化などを踏まえ、計画の改定を行うものである。
多くの行政計画の中でも、景観に関する計画は厄介だ。なぜなら、景観づくりの多くの主体が行政ではなく市民側にあるからだ。行政が規制・誘導を通して「こんな景観にしましょう」と謳っても、市民がそれに従うとは限らない。むしろ、そんな規制は個人の権利を侵害している、との主張がまかり通ってしまう。
そもそも景観とは何であろう。景観とは、その土地の暮らし振りの結果である。改訂される景観計画の原案の中の文言を借りれば「景観はその土地に根付く歴史や文化、都市活動、日常生活の中から生まれる雰囲気によって構成されており、長年にわたる人々の営みが積み重ねられることで形成された、市民共有の大切な財産」、と言うことになる。
営みの結果としての景観
景観とは、人々の営みの結果である。わざわざ作り上げるものではない。個性豊かな景観形成のためには、その土地の風土に根ざした生活こそ大切である。
「景観十年、風景百年、風土千年」と言う言葉がある。わざわざ作った景観はせいぜい10年しか持たない。しかしそれが、その地域に暮らしに馴染むものであれば、風景になる。そして、その地域にしっかり定着すれば、風土にもなる。
風景の構成要素は国産とは限らない。私たちは、稲穂の揺れる向こうにお寺があって、その前を和服の女性が歩いている。この風景を写真に納めれば、誰しも日本の風土に根ざした美しい風景だ、と感じるであろう。しかし、コメも仏教も呉服も輸入文化だ。さらに言えばお寺の表札に書かれている漢字も含め、全て外来文化である。しかし日本人は、それを受け入れ、それに馴染み、日常生活に不可欠な、自分たちのものとし、定着した。私たちのお国柄の一部になっている。
だからと言って、私たち日本人は何でもかんでも受け入れる訳ではない。例えば戦国時代に伝来したキリスト教。信仰とは別にクリスマスだけを切り取り、街がクリスマス飾り一色になると年の瀬を感じる。その程度である。例えば戦後に流入した外来語。日本独自の発音に勝手に変更、それをカタカナ表記し、完全に日本語の中に溶け込ませている。選んで、日本風に形を変え、馴染ませる。
(つづく)

▲日本らしい田園景観